虹ノ松原 (唐津)

(2009年十一月唐津鏡山より撮影

遥か下虹ノ松原冬霞 (唐津鏡山)
下界なる虹ノ松原冬霞(唐津鏡山)

唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長5km、幅1kmにわたって続く松は、約100万本と言われています。今では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定されています。NHK「21世紀に残したい日本の風景(BS2)」の投票で、第5位 に選ばれました!(唐津観光協会)

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世界の俳句

有季‧無季 定型.自由律 花鳥諷詠‧人情世故  時事‧社会 客観写生‧主観感動

 みんな みんなの母語でよむ俳句

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齢七十五にてつと去りし日を振り返りみて我自身を知る…
波の間に間に 流されるまま 人を羨むことなく 求めることなく
世間と争わず なれど 荒波に遭うを 免れ能わず
思いもよらない 公務員年金を亨く 多からずとも又 少なからず

命を保つに 憂うこと無し
キーボードを たたいて インターネットに遊ぶ

得るところ有れば 又与える事もあり
名利共に 余生の外にあり
(オーボー真悟)
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e-book (オーボー真悟の短詩集)を刊行しました、ご興味のある方は下記のアドレスhttp://www.olddoc.net/oobooshingo-poem.pdf をプレスして下さい、無料でダウンロード出来ます。                    
 (オーボー真悟)
The Global HAIKU Net: https://olddoc.net/global-haiku/index-H.html
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2011年8月29日月曜日

詩(003)

浮世のさが

たまたまこの世に 生まれ来て
浮世のさがぞ 知りにけり
長く生きれば 多くをば
短く生きて 少しだけ

よきか悪しきか 知らないが
多様な仕草 見知り置き
優しき心 憐れみよ
惨い仕草 悪魔だよ

神様あるか 知らないが
人の力は 無力ゆえ
万能の神 神頼み
宗教そこに 生まれけり

宗教なりて 宗派成り
善事勧誘 いい奴じゃ
宗教利用 ずるい奴
善きも悪しきも 宗教や

聡きひとは 宗教を
利用をばして 名利を得
正直者は 宗教に
利用されてぞ 愚か者

これぞ浮世や 眼を覚ませ
浮世のさがぞ 万華鏡
好きも嫌いも ままならず
浮世に生きて ままならぬ
    〔呉昭新;オーボー真悟;瞈望〕

2010年5月23日日曜日

自由詩ー0003

      《井の中の蛙》


   口をひらけば
   滔滔と
   人をおしえさとす
   どうこうすべきだと

   まるで
   彼一人のみが
   聖人で
   他人はみな凡人だと

   彼は知らないのだろうか
   彼も他人も
   みな同じだと
   倫理道徳を知る
   知識人だと

   彼は
   本当に知らないのだろうか
   皆が黙って反駁しないのは
   心の中で
   笑っているのだと

   彼のみが
   自惚れて
   唯我独尊
   井の中の蛙
   なのだ
     (2005-07-20)

   有人一出口 
   就是滔滔不絕
   要教誨別人
   應該如何如何
   好像只有他是聖人
   別人都是凡人

   他真不知
   他和別人
   都是一樣 受過高等教育
   深知倫理道德的
   高知識分子

   他真不知
   別人不反駁
   是笑在心裡

   只有他
   自鳴得意
   唯我獨尊
   是
   古井青蛙
     (二○○五、七、二十)

ブラハ(2001)

2010年5月20日木曜日

自由詩ー0002

       《自惚れ》


   自分が
      偉いと思うなよ
   多くを知り
      成就が多くとも
   社会は広く
      知識の多きは
   満天に煌く星の如しとやら
   貴方はただの
      滄海の一粟なのだ

   どの仕事にも匠あり
   たとえ同業でも
      他人が知って
      貴方が知らない事が
   山ほどある


   インターネットを
      サーフしてご覧
   貴方は
      知るでしょう
   自分が
      如何に微小であるのを

   それでも会得出来ないならば
   私は知らない
      如何に
         貴方を形容するか
  
           (二○○五、七、二十)

   不要自以為
      很偉大
   知道很多
      成就至高

   社會之廣
      知識之多
         猶如蒼天星星
   你不過是
      滄海一粟

   行行出狀元
      即是同行
   別人知道的
      你不知道的
         還很多

   上網際網路
      瀏覽一下
   你應該會知道
      你夠渺小

   如果還不體會
      我不知道
   該如何來
      形容你。

      (二○○五、七、二十)

2010年5月19日水曜日

自由詩ー0001

        《名と利》


     他人と言い争う
          或いは弁論する
     それが出来る
          或いはやろうとする
     そこで始めて
          他人或いは社会が
               貴方を認識する
          或いは
               貴方の存在を知る


     言うことが
          正しいか
          或いは
               間違っているかは
     問題じゃない
          道理に合っているかいないかも
     問題じゃない



     他人に  貴方の存在を知ることを
          求めるのは
     天安門をくぐりぬける
          二人の内の
               一人に過ぎない



     それが為に
          他人と弁論するのか?
     それは貴方次第だ
          あの二人のうちの一人に
               なりたいならば



     ほんとに少ないのだが
          あの二人のうちの
               一人でないのは



     社会は
          彼の存在を知らず
          或いは
               彼が社会から忘れられる。



                      (2005-07-22)




     要或會

        跟人爭或辯
           人家或社會
              才會認識你
              或知道你的存在


     不管你說得對不對
        或有沒有道理
           要求別人知道你的存在
        也只不過是
        穿過天安門下的
           兩種人之一


     就為這樣
        就要跟人家辯?
        就要看你
           要不要做
              那兩種人裡的一種


     很少有人是
        不屬於這兩種之一

        社會不知他的存在
           或他被社會忘記。

           (2005-07-22)
(揚子江を行き来する舟、空の星のごとく多くとも、詰まる所はただ二隻、名利[名と利]を追う、即ち人間の原始欲二つに帰するのみ。此れは台湾、中国に伝わる物語で、清の乾隆皇帝が江南を巡視した時、揚子江を行き来する多くの船を見て、金山寺の禅師に舟の数を問うた時の禅師の答えでした。ノーベル賞もこの枠を抜け出せない喩えを詠んだ句です。別に乾隆皇帝が天安門に上って門の下を通る数多の人はどれだけかと大臣に問うたとき、大臣の答えも又同じであった-名利の二字に尽きると云う昔話があります。)