虹ノ松原 (唐津)

(2009年十一月唐津鏡山より撮影

遥か下虹ノ松原冬霞 (唐津鏡山)
下界なる虹ノ松原冬霞(唐津鏡山)

唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長5km、幅1kmにわたって続く松は、約100万本と言われています。今では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定されています。NHK「21世紀に残したい日本の風景(BS2)」の投票で、第5位 に選ばれました!(唐津観光協会)

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世界の俳句

有季‧無季 定型.自由律 花鳥諷詠‧人情世故  時事‧社会 客観写生‧主観感動

 みんな みんなの母語でよむ俳句

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齢七十五にてつと去りし日を振り返りみて我自身を知る…
波の間に間に 流されるまま 人を羨むことなく 求めることなく
世間と争わず なれど 荒波に遭うを 免れ能わず
思いもよらない 公務員年金を亨く 多からずとも又 少なからず

命を保つに 憂うこと無し
キーボードを たたいて インターネットに遊ぶ

得るところ有れば 又与える事もあり
名利共に 余生の外にあり
(オーボー真悟)
#お知らせ!!
e-book (オーボー真悟の短詩集)を刊行しました、ご興味のある方は下記のアドレスhttp://www.olddoc.net/oobooshingo-poem.pdf をプレスして下さい、無料でダウンロード出来ます。                    
 (オーボー真悟)

2015年12月27日日曜日

俳句(Haiku)-182

* 友逝きぬ灯下親しみ在りし日を

* 今日もまた空し一日秋の暮れ

* 夜深し灯下親しみ過去めぐる

* 去りし君灯下親しみ帰り来る

           

                         (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-10-10)

                     1993 飛騨の里

2015年11月6日金曜日

俳柳-005

(俳柳)

*骨になりこの世と何の絆なく

*老い知らぬ仔牛包丁振り回し


              (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-10-10)

                   (1995-老神の滝)

俳句(Haiku)-181

*いわし雲美麗のうらにひそむ悪

*墓参り香り変わらぬ金木犀

                           (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-09-20)

                                      (1994-仙台)

俳句(Haiku)-180

*中秋や子らの声来るスマホかな 

*十五夜に月をば隠す黒雲よ


               (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-09-20)


                    (1994-瑞巌寺)

俳句(Haiku)-179

*民叫び日暮れに消えて虫の声

*民叫び虫の音悲し日の暮れて

           (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-11-01)

                      (1994-奥入瀬)

俳句-(Haiku)178

*草の露靴を濡らして消えてゆく

*朝が来て消えゆく露や明日に賭け

         (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2015-11-01)

               (1994-奥日光)

2015年9月19日土曜日

俳句(Haiku)-177

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秋燕まだうろうろし我恋うか
民叫び日暮れに消えて虫の声

   フオト伏見稲荷(2015-08-20)


2015年9月14日月曜日

エッセイ-008

じじばば孫娘(まご)引連れ京詣り(8月17~24)
歳のせいで、もう4年間日本への旅を控えていたが、20数年前京都の街中で偶然出会って(萍水相逢)道をたずねたのが機縁で良き友になったHさん(当時70歳前半、小生8歳年下)が会いたいというので、八月ごろ京詣りを予定していたが、夏休みのためかなかなかホテルの予約が取れずにいた。とかくしているうちにHさんが腰痛でリハビリの病院に入院したとの事、7月11日ようやく8月17日から一週間のホテルの予約が取れたので早速Hさんの娘さんに連絡を取ったところ8月14日に内科の検査の結果が分かるとの事、で14日の夕方お電話したら12日急に長いたびに立たれたとのこと、享寿94歳。Hさんとは20数年のおつき合い、台湾にもこられたことがあり、私も京都へ来るたびにはかならずお訪ねしておりました。最後に逢えず残念でした。旅の偶然の出会いでしたが、ともにタクシーでの京巡りや、グランヴィアホテルや料亭幾松で食事を共にしたこと、一緒に琵琶湖のクルーズや寂聴さんの噂などなど思い出は尽きません。
  17日夕方京都着、ホテルに入ったのは6時過ぎ。翌18日銀閣寺畔の料亭白水園で昼食をとった。あらかじめ電話で連絡してあったので既に店前で岩田富久子さんが待っていた。岩田さんは僕の小学校の同級生、昭和18年三月に一緒に左京区の北白川小学校を卒業した、しかも岩田さんと僕は二軒おいた隣に住んでいた、そして岩田さんのお母さんの好意でよく下校後岩田さんのお宅で一緒に勉強や宿題などをした。もう数多い同級生で今も連絡があるのは岩田さん一人になった。武内三郎君はもう十年前に亡くなっていた、でなければ京都に来るたびにいつも快く案内招待をしてくれた。伊藤忠につとめていた西村昇君は去年亡くなったばかり、娘さんのmasako kojimaさんが遺品の日記の中で最後の一句に<台湾からの電話>を見つけお手紙を頂戴したのをきっかけにフエイスブックで連絡をつづけている。その昌子女史が19日わざわざ名古屋からホテルまで会いに来てくださった。初対面ではあるがもう何十年ものおつき合いのような感慨だった。
もう体力がもたないので在京7日間を孫二人の日本文化紹介に当てた。京都の銀閣寺、嵐山、嵯峨の竹林、渡月橋、天竜寺、宇治平等院、姫路城、伏見の稲荷神社、大阪心斎橋商店街、京都駅界隈やその地下街などなどを見せた、そして京料理を食べさせた。孫の一人アメリカ生まれでまた育ちはめっぽう刺身と味噌汁が大好きなのでいきあたりばったりのお店であちこち15,6軒食べさせたが食べ飽きなかった。アメリカでは高くつくと言う。
特筆すべきは、79歳から始めた俳句で去来の落柿舎を知り、今回はじめて訪ねた。句碑がいくつかあり庭にはまだ晩夏であるため青い柿をつけた柿の木が二三本あった。虚子は彼の<俳句の作りよう>の一文のなかで去来を“じっと案じる”かたと仰っていますが、落柿舎にきてその雰囲気、気配をじきじきに感じました。この情報の過剰な時代に長い文章は嫌われる故ここいらでストップします。
*京詣り孫娘(まご)を連れてぞやっとこさ
        吾こどもの日ここに住まいしと
*待ちきれず先に行くとて絆切れ
*静けさや補聴器なくてピースかな
 虚子文の一節:





             落柿舎



平等院


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2015年7月20日月曜日

俳句(HAIKU)-176

鬼月とぞ思いあぐんで何ひとつ
遠蝉やなつかし若きあの頃よ
熊蝉の鳴き声聞かぬこの年月
故郷(ふるさと)やつくつく法師なき止まず
聞かずかなせみ時雨ぞよはや幾年

<つくつく法師、筑紫恋し筑紫恋しと鳴いている>
       ブッチャートガーデン(1994)

2015年6月10日水曜日

俳句(HAIKU)-175


1)デング熱代々木の園に戻り来て
2)遺体なきエリート数多二二八(連作)
  学生や歴史改竄拒み起つ(連作)
3)白南風や遠蝉の声かすかかな(季重ね)
*二二八
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%8C%E3%83%BB%E4%BA%8C%E5%85%AB%E4%BA%8B%E4%BB%B6  
フォト:台湾台南-1986 (塩田の名残)

2015年5月15日金曜日

俳句(HAIKU)-(174)

目を病みて似合わぬ顔にサングラス
サングラスつけて気持ちも若くなり
稲光雷響き彼は来ず
蜆の身呼び売りの声今は無く
蜆汁美味いとすする口見つめ  
                                                 (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)
                                           (小油坑-台北)(1998)

俳句(HAIKU)-173

雨に濡れ涙隠したわが青春
梅雨がきて出水で死ぬる雨乞いよ
筍の歯あたり気づかう八十路かな
つばくろの古巣に声が戻りけり
街中で聞くあの声はホトトギス
            (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)
(別府高崎山自然動物園)(1990)



2015年5月14日木曜日

短歌(TANKA)-(012)

 死が近く確かになりて悟るかな
    すべては現実(いま)の吾身(われ)と関せず
何時の日か吾醒めなんと信じてぞ
        吾は往くなむ子ら孫たちよ
何時の日か我醒めることまたあらん
       さよう悟りてたつ死出の旅
                 (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2014-04)
               (朱銘-彫刻公園-台北-1993)

短歌(TANKA)(011)

 向日葵や学生運動がシンボル
       やくざ手に持つカーネーションよ
 向日葵とカーネーションやフオルモサに
         その意義変わり泣く涙なし 
反核に血を滾らせる大衆や
            子孫の為よわが身を捨てて
反核に血を滾らせる大衆や
              とこしえ信じ子孫を護
                                                      (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2014-04)
                                                (朱銘-彫刻公園-台北-1993)

短歌(TANKA)(010)

 ひまわりの学生運動終わり告げ
        政府の譲歩謀略含み
学運や公民の意思明白ぞ
        独裁の剣舞い狂う空
  学生の国会占拠効果あり
        政府暴力民体験す
学生の国会占拠効果成す
        為政者つかうは権力の極
台湾や学生運動国沸かす

        為政者つかうは権力の極
              (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2014-04)
            (朱銘-彫刻公園-台北-1993)

俳句(HAIKU)-172


 母の日や歩けぬ母の車椅子
杜若アヤメ並んで首ひねる
 梅雨がきて出水で死ぬる雨乞いよ
筍の歯あたり気づかう八十路かな
         (オーボー真悟;呉昭新;瞈望)(2014-08)
            (1982)台湾古坑樟湖風景区