虹ノ松原 (唐津)

(2009年十一月唐津鏡山より撮影

遥か下虹ノ松原冬霞 (唐津鏡山)
下界なる虹ノ松原冬霞(唐津鏡山)

唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長5km、幅1kmにわたって続く松は、約100万本と言われています。今では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定されています。NHK「21世紀に残したい日本の風景(BS2)」の投票で、第5位 に選ばれました!(唐津観光協会)

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世界の俳句

有季‧無季 定型.自由律 花鳥諷詠‧人情世故  時事‧社会 客観写生‧主観感動

 みんな みんなの母語でよむ俳句

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齢七十五にてつと去りし日を振り返りみて我自身を知る…
波の間に間に 流されるまま 人を羨むことなく 求めることなく
世間と争わず なれど 荒波に遭うを 免れ能わず
思いもよらない 公務員年金を亨く 多からずとも又 少なからず

命を保つに 憂うこと無し
キーボードを たたいて インターネットに遊ぶ

得るところ有れば 又与える事もあり
名利共に 余生の外にあり
(オーボー真悟)
#お知らせ!!
e-book (オーボー真悟の短詩集)を刊行しました、ご興味のある方は下記のアドレスhttp://www.olddoc.net/oobooshingo-poem.pdf をプレスして下さい、無料でダウンロード出来ます。                    
 (オーボー真悟)

2017年10月25日水曜日

エッセイ-0013

<呉昭新俳句短歌短詩集第一集>序文(日本語)
吳昭新 (おーぼー真悟;Chiau-Shin NGO) 俳句集がダウンロード (download)
できます・

    小生俳句を習い始めたのが2008年、78歳の時である、ただ少し日本語が分かると言うだけで、友達に誘われて台湾唯一の日本語俳句結社に入会したのだ。正直のところ俳句は小学校時代すでに何句か習っていた、短歌も何首か覚えていたのだが、ただ78歳になって習い始めて初めて思い出したのだ。過去九年をふり返り見て、詠み始めて間もなく<俳句とは?>に迷い、今日まで至りました。そして九年の間本業も雑事も打ち捨てて全ての時間を俳句の資料の収集精読にあて、その昔他の領域で博士号を取得した方法で分析研究し、二つの博士号をもとり得る時間を費やして、ついに所謂の伝統俳句が俳句界の<ポピュリズム>であるのにたどり着きました、これも小生が外国人であるというメリットがあるお陰によるものであるのには感謝せざるを得ません。俳句は一般に知られているよりももっと広いものであり、日本人ばかりでなく世界中の俳人たちが自分それぞれの母語で熱心に俳句を詠んでいます。
日本でも多くの方々がポピュリズムに押されながらもびくともせず、自分なりの俳句を詠んでいます、一方まだ多くのかたがたが言葉遊びで生け花や舞踊を習う様に俳句を伝統俳句の三縛りの下で、知らぬが仏で毎日を楽しんでいます。年配の方が多いようだが?若い方もいらっしゃる、まさに十何年か前に中川広さんが既に指摘しているように、また俳聖子規が言った<箱庭俳句>で各結社の主宰や先輩の意のままにされています、だがそれでよいのだ、ゲームや博打やパチンコに耽るよりは、より美しい日本語の洗練になるから。ただそれだけが俳句だと思い込んで、もっと広い深いところに俳句の真髄本質を探るのを排斥し世界の人々がその俳句の真髄を探るのをも貶さなければよいのです。
  また一方、台湾や中国などの漢語文化圏の方々が、ただ一字の<俳>があるだけで近来流行っている新興新型漢詩の<漢俳>を俳句と間違えていることである。すでに漢詩及び俳句をよくする詩人が両者は全く同じくない詩型と確認しているにも拘らず、まだ生半可な日本語しか知らない詩人や、俳句の詠みと読みが必ずしも同じでないことを知らない者が個人の感触鑑賞を表現した錦上添花や画蛇添足の翻訳を頼りに間違いを直そうとはしない人たちがいるのは嘆かわしい事である。詩人とて全ての詩情、詩境、詩型を知る由もないことを知るべきである。
漢詩の大家そして俳人でもある石倉秀樹氏が小生に教えてくれた、<俳句が何であるかよりも、俳句で何ができるか?>の道を進むことだという一言を厳守して、小生はこの箴言を外国語で試しています、そしてその素晴らしさを見つけました、また英語(小生は外国語として日本語と英語しか分からない)を使っても多くの方々が俳句の本質真髄をつかんで楽しんでいるのを知り得ました。日本の方々はこの現状を喜ぶべきです、また誇りとすべきです、俳句の源流は日本にあるのですから、また19世紀の初期に世界で流行ったイマジズム短詩も日本の俳句に源を発しているのです。俳句に関する更なる小生の思惟は本書のエッセイ欄の各所に述べられております、どうかご叱正をお願い申し上げます。最後に日本に起源を発した俳句の将来を祝して序を閉じます。

2017930:呉昭新-おーぼー真悟)

2017年10月24日火曜日

俳句(Haiku)-270



吳昭新 (おーぼー真悟;Chiau-Shin NGO) 俳句集がダウンロード (download)
できます・
(ご興味のある方へ)<呉昭新俳句短歌短詩集第一集>序文(日本語)。此処から詩集全文が無料でダウンロードできます。サイズが大きいのでコンピュータにダウンロードして下さい。70Mega,290ページもあります故。俳句には(日本語、華語、台湾語、英語)が一緒に載せてあります。エッセイの部分は華語だけですので、ご面倒ですが2015年の日本語版を同時にダウンロードして下さい。全部ではありませんが大部分が日本語で書かれています。








俳句(Haiku)-269

何だろう “旧日本兵“ そう呼んで


俳句(Haiku)-268

憲法は民の自由を縛るもの


俳句(Haiku)-267

目指すとこ民主独裁王位のみ




俳句(Haiku)-266

吾老いぬ時代は我についてくる


俳句(Haiku)-265

幻の正義が造る地球の孤児 



俳句(Haiku)-264

 自立にぞ拳振り上げ口民主



俳句(Haiku)-263

(日) 網戸越し西日柔らに日向ぼこ


2017年10月14日土曜日

短歌 (Tanka)-25

正義とは天国のよう夢の中 

                  連合国が物語りおり

短歌 (Tanka)-24

清廉やワンマン政府のスローガン 
                国家の罠にはまる良民

短歌 (Tanka)-23

俳句詠む天才の果悲しけり

      天賦何処や箱庭主宰


短歌 (Tanka)-22

鬼門関見て戻り来るこの世
         ありがたく知る医学の進歩

短歌 (Tanka)-21

侮辱されまだのめり込む韓流や
        古ありし魂いずこ
 

短歌 (Tanka)-20

花が咲く俳句世界に飛び散りて
         花鳥諷詠三縛り無く

短歌 (Tanka)-19

国なくし子ら外国へ送り出す

        孫ら異国の言葉通ぜず

短歌 (Tanka)-18

大戦後武器持ち逃げ入る新住民 
       占拠独立騒ぐ島びと


短歌(Tanka)-17

トランプと金正恩の笑い顔
        世の中の事一笑に付す

俳句(Haiku)-262

台湾や国の名言えず泣き寝入り

俳句(Haiku)-261

老い二人独房でなく友のあり

俳句(Haiku)-260

死を待ちつ生を享く日歳の暮