虹ノ松原 (唐津)

(2009年十一月唐津鏡山より撮影

遥か下虹ノ松原冬霞 (唐津鏡山)
下界なる虹ノ松原冬霞(唐津鏡山)

唐津湾沿いに、虹の弧のように連なる松原。唐津藩初代藩主、寺沢志摩守広高が、防風・防潮林として植林したのが始まりで、全長5km、幅1kmにわたって続く松は、約100万本と言われています。今では、三保の松原、気比の松原とともに日本三大松原の一つに数えられ、国の特別 名勝に指定されています。NHK「21世紀に残したい日本の風景(BS2)」の投票で、第5位 に選ばれました!(唐津観光協会)

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世界の俳句

有季‧無季 定型.自由律 花鳥諷詠‧人情世故  時事‧社会 客観写生‧主観感動

 みんな みんなの母語でよむ俳句

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齢七十五にてつと去りし日を振り返りみて我自身を知る…
波の間に間に 流されるまま 人を羨むことなく 求めることなく
世間と争わず なれど 荒波に遭うを 免れ能わず
思いもよらない 公務員年金を亨く 多からずとも又 少なからず

命を保つに 憂うこと無し
キーボードを たたいて インターネットに遊ぶ

得るところ有れば 又与える事もあり
名利共に 余生の外にあり
(オーボー真悟)
#お知らせ!!
e-book (オーボー真悟の短詩集)を刊行しました、ご興味のある方は下記のアドレスhttp://www.olddoc.net/oobooshingo-poem.pdf をプレスして下さい、無料でダウンロード出来ます。                    
 (オーボー真悟)
The Global HAIKU Net: https://olddoc.net/global-haiku/index-H.html

2018年10月17日水曜日

エッセイ-20

<俳句>と所謂の<伝統俳句>、<花鳥諷詠>と<三縛り>

<俳句>は和歌より連歌、俳諧連歌、短連歌、発句、俳諧、そして明治時代の子規の命名による<俳句>また<文学>として変遷してきた日本の短詩であります、だが<俳句>の形は遡って江戸時代の芭蕉の頃既にあり、その起源を定めるのに少し戸惑うことがありますが、俳句界では一応俳諧連歌を創始した山崎宗鑑とし、そして荒木田守武から貞門派と言われた松永貞徳、談林派の西山宗因と続きます、芭蕉は貞徳の弟子の北村季吟に師事し、宗鑑からこの間約二百年ほどになります。
子規が俳句を文学としての位置に据え置いて後、河東碧梧桐、高浜虚子、荻原井泉水、尾崎放哉、種田山頭火、中塚一碧楼、住宅顕信らの <自由律><花鳥諷詠><客観写生>、<無季>、<人事><生活><論理><観念><俗語><俗諺 ><世俗> などなどと多方面の思考と四方八方へと分かれ進みました。またその前をを遡っても芭蕉の <侘び、寂>、蕪村の <絵画、俗語、漢語>と一茶の <一般世俗、俗語> と井上清月の <放浪> と内容性質が変わっています。
そうなれば何故俳句というと真っ先に差し出されるのは <花鳥諷詠、客観写生と厳格な五七五、切れ、季語の三縛り> の俳句界のポピュリズムでなければならないのか?俳句の入門、手ほどき、俳句とは、、、などなど紙本、ネット上の記述を眺めてください。決して誇大した言い分ではありません。
日本の俳句は明治この方WGアストン(1841-1911William George Aston)、ラフカジオ·ハーン (1850-1904; Patrick Lafcadio Hearn)BHチエンバレン (1850-1930; Basil Hall Chamberlain)、ポール·ルイ·クーシュ(1879-1959Paul·Louis Couchoud)、野口米次郎 (1875-1947; Yone Noguchi)、エズラ·パウンド(1885-1972; Ezra pound)、RHブライス (1898-1964;Reginald Horace Blyth) らにより西洋に紹介され、鈴木大拙により禅とも縁を結び、二十世紀の初めにはイマジズムとしてもてはやされ、特に戦後快速に世界中に広まり、いまや<HAIKU>また漢語文化の地域では同じ<俳句>という表現を使って世界中の文学として喜ばれています、これは日本文化の名誉誇りではありませんか、何故この趨勢を<俳句は日本独特の詩であり外国人には詠めない>と止めを刺す方々がいらっしゃるのでしょうか?一外国人である小生は理解に苦しみます、と同時に外国人であるメリットで、日本の俳句界からの批評に気を遣うことなく、また便利自由になったネットと言うメデイアのお陰で編集者の意見に左右されることもなく此処に提起することが出来た由縁です。
世界の多くの人々は毎日身の回りに起こる生活、社会、大自然、人事、感受、思惟の全てを主観·客観の区別なく三行で最短に俳句を詠んでいます、そして日本の多くの方々も同じです。各新聞、雑誌、ネットの俳句をご覧ください。 
ただ世界の人々を困らせているのは少なくない日本の方が<季感>のない<季語>や動く<季語>を何とか入れることと無理に所謂の伝統俳句の三縛りを押し付けていることです。<季語>とはもともと短すぎる17音により多くの情報量を増やさんが為に日本人の生活習慣に一番なじみの深い <季題>、<季感> に関する言葉として <季語> を入れたのに、無理に季感をなさない又は動く <季語>、そして時代の移り変わりにより変わるまたは消失し新出もすると同時に同一季語でも指す季節の違う<季語> を入れるのは意味がなく、<季語>の本来の意味目的を失ったばかりでなく、ただでさえ短い俳句に勿体ないではないでしょうか。
ところが俳句界のポピュリズムがそうさせているのです、元はと言えば虚子が好意で日本人に一番馴染みやすいそして詠みやすい花鳥諷詠を説いたのが裏目に出て、俳句の一種である筈の花鳥諷詠がポピュリズムの勢いに乗って他のすべての俳句を押しのけて本尊にのし上ったのです。惜しむらくは虚子がその大著<俳句読本>などで<俳句とは花鳥諷詠の季語ある五七五の日本特有の短詩である>と言ってしまいました。
ポピュリズムは俳句に限ったことではありません、世間の様々な物事に見られる現象で、恐ろしい時には暴動や戦争や革命や大虐殺やホローコーストまで起こすのです。心理学では大 () 衆心理とでも言いますか、一般に暴動はこれから起こり、古今、洋の東西を問わず洗脳と言う便利な心理学的操作もこの種類に属し、現今国際間で問題提起されいる<シャープパウアー、Sharp power>もその一つで、そして心ある人々は只指をくわえて傍で見ているだけの事しか出来ません、でないと自身もその食い物にされてしまいます故。それをまた一部の真の俳句の本質真髄を知らない日本人が、知ったかぶりして説明し教えるので益々こんがらがってしまいました、一方真に俳句を知る俳人はポピュリズムにたじたじと押されて、又はある方は結社主宰の生業に影響するのを気遣って、口を閉ざし目をそらしていると聞きます、あまり日本の歴史風俗習慣を了解していない外国人が戸惑うのも無理はありません。時折そういう知ったかぶりのある程度外国語ができる日本人に短歌まがいのHAIKUを俳句と言われてそれを信じている外国人を見受けます。
よく考えてみると確かに俳句を指導することによって生活を贖っている方がいるのも事実です、またただ見栄や自尊心のため俳句を習っていらっしゃる方が多いのもまた事実です、失礼ですが所謂の有閑マダムの時間つぶしみたいになってしまっている場合もあります。でも賭博、麻雀、パチンコ、競馬などよりは断然ましな方です、少なくとも日本語の勉強、洗練になるからです。
ですが、伝統俳句の三縛りや <季重なり>、<無季>、<破調>、<付きすぎ>、<離れ過ぎ> 等々については俳句のバイブルでもある:子規の <俳句大要>、<俳人蕪村> 及び虚子の <俳句読本>、<俳句の詠みよう>、<俳句の作り方> と <俳句の道> を二回以上読んでください、一般にがみがみ言われるほど大切なことではありません。これら俳句のバイブルは一回目はざっと目を通すだけで結構ですが、二回目以後は必ず精読してください。そして俳句に良し悪しはなく鑑賞は人に依りけり、子規はより蕪村を重んじ芭蕉は軽んじられていますが、虚子は芭蕉をより重んじているのを知るでしょう。一茶にいたっては一般平民の俗語でまた俗事を好んで詠んでいます。
また桑原武夫教授の俳句第二芸術論のようにプロとアマチュア俳人の作品の見分けが難しいという事及び子規の <鶏頭の数>の句の秀句か駄句かの争論は何を意味しているのでしょうか、そして今泉恂之介の <子規は何を葬ったのかー空白の俳句史百年> のいうように子規は一茶以降百年の俳句を抜かしています、また同書に記されている市川一男(1901~1985)の<近代俳句のあけぼの>(1975)と<俳句百年>(1970)に列挙された所謂の月並み句に関する句評、そして放浪の生涯を通した井上井月、また2009年ごろからネットに載せられている中川広の虚子個人に関する評論、すこし酷過ぎるところはありますが、ある程度市井の俳句結社の実情を反映しているのではありませんか。また虚子の句も決してみんな花鳥諷詠ではありません、<~棒の如きもの>の句も論理句であり、2009ごろのネット上ではある若き主婦がこの句を読んで思わず顔が火照ったという記事もありました、また子規、虚子共にあの一般大衆に受け入れられている加賀の千代の<朝顔に釣瓶~>の句を少なからずの紙面を割いて誇張した偽善的な句と貶しておりますが果たしてそうでしょうか?すべては子規の短命に帰せざるを得ません、若し子規をして現代人の様にやすやすと80から90歳まで生きていれば今の俳句事情は現今の如くではない筈。また所謂の伝統俳句は果たして伝統なのでしょうか?も問題の一つであります。
子規の後、河東碧梧桐、荻原井泉水、種田山頭火、尾崎放哉、中塚一碧楼、石田波郷、吉岡禅寺洞、加藤楸邨、日野草城、嶋田青峰、東京三、山口誓子、鈴木六林男、金子兜太、芝不器男、高柳重信、秋元不二夫ら非伝統派の俳人、また長谷川櫂、夏石番矢、今泉恂之介、木村聡雄、橋本直、五島高資、高山れおな、摂津幸彦、四ツ谷龍、筑紫磐井、大森りえや大学で俳句専攻の大森健司ら若い俳句詠み手もみな俳人でしょう、ことさら中村草田男、加藤楸邨、篠原梵、石田波郷ら人間探究派や難解俳句などの俳人も。それなら俳句を詠みながら俳句の本質や真髄などに思いをよせて寺田寅彦、折口信夫、正岡子規、高浜虚子、大須賀乙字、山本健吉、金子兜太、長谷川櫂、夏石番矢、今泉恂之介、彌栄浩樹、 川名大、外山一機、橋本直らの詩論、俳論をも何回か読み直し、又ネット上の俳句評論コラムの若い世代の方々のいろいろある考えや評論にも目を通してみましよう、また現代俳句協会が編集した <日英対訳21世紀俳句の時空> は子規以後 ~ 2000年までの俳句の変遷と流れを簡単にまとめています、一読に値します、それらの句の半分でも理解鑑賞できる方が幾たりおられますか、小生には疑問です。芭蕉の<不易流行>は何を意味しているのでしょうか、確か <本(もと)は変わらず時代の変遷に連れて流れ変わり行く> の筈、そしてその通り和歌、連歌、俳諧連歌、短連歌、発句、俳諧、そして子規の <俳句> と変遷してきたのです、どうして花鳥諷詠とその三縛りで今までの変遷や流れにストップをかけなければいけないのでしょうか?けっして花鳥諷詠がいけないと言うのではありません、花鳥諷詠が一番日本人の生活習慣に則した、そして一般大衆に詠まれやすい俳句の形であると言い切って、また確かに受け入れられた虚子の偉大さと俳句を広めた功績は認められなければなりませんが、それは俳句の一つの形であり全部ではないことも事実であり、特に現今俳句が世界の俳句になり、また成ってしまったのも事実である故、いつまでも俳句は日本人の特有の詩形であり他国の人には詠めないということを強調する必要があるのでしょうか。
明治の昔碧梧桐曰く同じ月を見て日本人は感じるところがあるがドイツ人は何とも感じなく、また虚子曰くフランス人にいくら <季> を説いても馬耳東風であると。民族国家の特性を他の人、民族、国家に押し付けることはできるのでしょうか、ですでに世界に進出した日本オリジナルの文化の誇りを妨げる必要がまたあるのでしょうか、しかもそれが俳句そのものではなく、ある俳句の形を主張する人の個人の言い分であるとき、と一外国人である私は言いたいのです。
呉昭新:《俳句と伝統俳句とポピュリズム》:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/07/16.html 
呉昭新:《季語とキーワード》:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/02/15.html 
呉昭新:《俳句”の二つの顔》:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/01/14.html 
呉昭新:《黄霊芝師逝く》:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/04/blog- post.html 
呉昭新:《黄霊芝主宰の俳句観》:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/01/009.html 
呉昭新:《漢語/漢字俳句》漢俳、湾俳、俳、…、とは?(日本語)         
吳昭新:台湾俳句之旅:「台湾文学評論」,第十巻第一期,pp.75~95Jan. 2010,台湾文学資料館,真理大学,台湾(華語)
吳昭新:《漢語/漢字俳句》——漢俳、湾俳、俳、…、?(華語)
     http://olddoc.tmu.edu.tw/chiaungo/essay/haiku-kango.htm   (2018-10-27 reached)
吳昭新:《吟詠日本俳句-現代俳句的蛻變》:http://chiaungo.blogspot.tw/2011/03/blog-post.html  (華語)
吳昭新:《「俳句」並不是只有日語才可以吟詠》:(華語)http://chiaungo.blogspot.tw/2011/02/blog-post.html   (2018-10-27 reached)
吳昭新:《台湾俳句之旅》。(華語)
     http://olddoc.tmu.edu.tw/chiaungo/essay/haiku-tabi.htm   (2018-10-27 reached)
吳昭新: 《日本俳句之漢譯-介紹中國金中教授的一詞加一句形式》:(華語)
     http://chiaungo.blogspot.tw/2011/10/blog-post.html   (2018-10-27 reached)
吳昭新:《俳句を詠む-俳句初心者の一外国人の疑問》:「オーボー真悟」 (日本語)http://oobooshingo.blogspot.com/2010_06_01_archive.html               (2018-10-27) reached.
望:《漢語/漢字俳句》:「世界俳句」,20117号、世界俳句協会編、(日本語)文:p.101~113;中文:p.98~104. 七月堂,東京,日本。
黄靈芝:《臺灣季語及臺灣語解説》,「臺灣俳句集(一)」,1998pp.7683,台北,台灣。(華語)
黃靈芝:《北縣縣民大學「俳句教室」(1)(2)(3)(4)》,「臺灣俳句集(一)」,1998pp.5270,台北,台灣。(華語)
金中  :《古池蛙縱水聲傳──一詞一句形式的俳句翻譯》:「世界俳句20128號」;pp.83-89, 2012,東京,日本。(華語)
正岡子規:《俳諧大要》(日本語)岩波文庫、岩波書店、1989、第8刷り。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/57350_60028.html  (青空文庫:2018-10-27 reached
正岡子規:《俳人蕪村》(日本語)「日本の文学 15」中央公論社、1973.  http://www.aozora.gr.jp/cards/000305/files/47985_41579.html
   (青空文庫:2018-10-27 reached
正岡子規:《古池の句の弁》(日本語)「俳諧大要」岩波文庫、岩波書店、1989、第8刷り。
   (青空文庫:2018-10-27 reached
正岡子規:《歌よみに与ふる書》(日語)岩波文庫、岩波書店、2002、第26
   (青空文庫:2018-10-27 reached
高浜虛子:《俳句讀本》:《世界教養全集14》,pp.221-353, 1962;平凡社,東京,日本。(日本語) 
高浜虚子:《俳句とはどんなものか》(日本語)角川文庫、角川学芸出版
2009(平成21)年1125日初版発行
(青空文庫:2018-10-27 reached
高浜虚子:《俳句の作りよう》(日本語)角川ソフィア文庫、角川書店
   2009(平成21)年725日初版発行
高浜虚子:《俳句への道》(日本語)底本:「俳句への道」岩波文庫、岩波書店
   1997(平成9)年116日第1刷発行
   (青空文庫:2018-10-27 reached
今泉恂之介:《子規は何を葬ったのか-空白の俳句史百年》新潮選書、新潮社、東京、2011825日(日本語)
萩原朔太郎:《詩の翻訳について》(日本語)「日本の名随筆 別巻45 翻訳」 作品社、1994(平成6)年1125日第1刷発
   http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/48341_35101.html   (青空文庫:2017-4-28 reached
萩原朔太郎:《詩の原理》(日語)新潮文庫、新潮社、1975(昭和50)年91027
   (青空文庫:2017-4-28 reached
萩原朔太郎:《郷愁の詩人 与謝蕪村》(日語)岩波文庫、岩波書店
   2007(平成19)年125日第22刷発行     http://www.aozora.gr.jp/cards/000067/files/47566_44414.html      (青空文庫:2017-4-28 reached
寺田寅彦:《俳諧の本質的概論》(日語)「寺田寅彦随筆集 第三巻」岩波文庫、岩波書店 1993(平成5)年25日第59刷発行
(青空文庫:2017-4-28 reached
寺田寅彦:《俳句の型式とその進化》(日語)「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店 1997(平成9)年95日第65刷発行
(青空文庫:2017-4-28 reached
寺田寅彦:《俳句の精神》(日語)「寺田寅彦随筆集 第五巻」岩波文庫、岩波書店。1997(平成9)年95日第65刷発行
(青空文庫:2017-4-28 reached
西尾 実:《日本文芸入門》:《世界教養全集14》、 pp. 3-72, 平凡社、東京、
          日本、1962、(日本語) 折口信夫:《世々の歌びと》:《世界教養全14》、 pp.125-220, 平凡社、東京、日本、1962 、(日語)
三好達治:《現代詩概論》:《世界教養全集14》、 pp. 355-460, 平凡社、東
      京、日本、1962、(日本語)
弥栄浩樹: 1%の俳句ー一挙性、露呈性、写生》 《群像》、2011
      6月号、   64-90、講談社、東京、日本、2011, (日語)
佐籐和夫:《西洋人と俳句の理解―― アメリカを中心に――》:日本語学:
      1412-18.1995。(日語)
朱實:《中國における俳句と漢俳》:「日本語学」:14 53-62.1995,東京,
      日本。(日語)
夏石番矢:《現代俳句のキーワード》;「日本語學」14:25-31; 1995; 明治書院,東京,日本。 (日語)
楠木しげお:《旅の人-芭蕉ものがたり》,銀の鈴社,東 京,日本,2006. 
     (日語)
秋元不死男:《俳句入門》、角川学芸出版、東京、日本、2006. (日語)
金子兜太:《造詣俳句六章》(日語)「金子兜太集 第四巻」、p211-514
          筑摩書房。2002(平成14)初版発行
嶋田青峰:《俳句の作り方》、新潮社、東京、日本、1941. (日語)
佐籐和夫:《西洋人と俳句の理解―― アメリカを中心に――》:「日本語
      学」:1412-18.1995。(日語)
秋尾  敏:《明治40年代の月並俳諧》:「鳴弦窓雑記」,(日語),http://www.asahi-net.or.jp/~cf9b-ako/essay/meigensouzakki.htm  (2012-02-15 reached)
鷹羽狩行:《もう一つの俳句の国際化》、    
  (第17 HIA 総会特別講演より)(2006. 6. 6)(日語)
野口  裕:《二物衝撃はものたりない》:「五七五定型」創刊號,pp:32-402006年,和泉市,日本。(日語)
小池正博:《柳俳交流史序説》:http://ww3.tiki.ne.jp/~akuru/mano-09-koike.html   (2012-02-15 reached)
小池正博、野口裕:《對談.五七五定型之可能性》:「五七五定型」創刊號,pp:41-552006年,和泉市,日本。(日語)
小池正博:《コラージュ「座談会」-『「現代川柳」を語る』をめぐって-》:「五七五定型」第4號,pp:28-372010,和泉市,日本。(日語)
現代俳句協会編集委員会:《日英対訳21世紀俳句の時空》、永田書房、東京、日本、2008
木村聰雄:《20世紀日本的俳句──現代俳句小史》:《21世紀俳句の時空》:pp2~41. 2008,永田書房,東京,日本,2008(日語)
木村聰雄:《現代俳句の詩学――世界詩としての俳句形式》:「世界俳句201713號」;pp.77-84, 2017,世界俳句協会、東京,日本。(日語)
野口る理《ポスト造型論》:《現代俳句協会青年部シンポシオンⅣ-2011-6-11》、「spica」、(日語)http://spica819.main.jp/atsumaru/1172.html  (2012-03-03 reached)
夏石番矢:《Banya》:http://banyahaiku.at.webry.info/   (日語)(2017-05-15 reached)
石倉秀樹:《獅子鮟鱇詩詞》:http://shiciankou.at.webry.info/   (日語)(2017-05-15 reached)
高柳重信:《俳句形式における前衛と正統》:(「国文学」昭和五十一年二月)(日語)http://www.h4.dion.ne.jp/~fuuhp/jyusin/jyusintext/j-zenneideitoiu.htm 
高柳重信:《「書き」つつ「見る」行為》(日語)(2017-05-15 reached)
島田牙城:《無季俳句のこと》:http://www7.ocn.ne.jp/~haisato/mukihaiku.htm (日語),(2012-02-15 reached)
菱川英一:《パウンド「メトロ詩」分析におけるロジャーの方法論》(日本語)、神戸大学教育学部研究集録, 9077-93,1993
宮坂豊夫:《俳句の周辺:語学的視点からの研究ノート》:<人文研究>511):117-1312001. 
今田述:《漢俳入門》:(2003),(日語)https://www.google.co.jp/#q=%E6%BC%A2%E4%BF%B3   (2017-05-15 reached)
中山逍雀:《曄歌》:(日語)http://www.741.jp/kouza07/kou-07D01.htm      (2017-05-18 reached)
中山逍雀:《俳句と漢俳》,(日語)http://www.741.jp/kouza08/kou-08C43.htm 
 (2017-05-14  reached)
中川広:《中川広の俳句ページ》:(日語)http://www1.odn.ne.jp/~cas67510/haiku/index.html  (2017-05-14 reached)
Mora and Syllable/モーラと音節》:(日語)
川名 大:《戦後俳壇史と俳句史との架橋、そして切断:前篇》:http://gendaihaiku.blogspot.com/2011/06/35_26.html  (2017-05-17 reached)
川名 大:《戦後俳壇史と俳句史との架橋、そして切断:後篇》:(日本語)
日本漢俳學會:《日本漢俳学会が定める漢俳詩法の原則》:(日本語)http://www.kanpai.cc/sonota/gensoku.htm   (2012-02-10 reached)
《日本漢俳學會》:(日語),http://www.kanpai.cc/index.html  (2012-02-10 reached)
八木健:《「俳句のルーツは滑稽」「子規、虚子たちも詠んだ」》:(日本語)http://www.kokkeihaikukyoukai.net/img/newspaper01.pdf (2010/06/16) reached.
京都疎水(1992)

2018年8月28日火曜日

エッセイ-19

日本の皆様方へ:俳句について

<二年前の旧作>
日本の皆様方、俳句は日本に源をなす世界に行き渡った文化、文芸、詩歌です、特に虚子の言う花鳥諷詠の<伝統俳句>は日本特有の詩歌です、だがそれは日本に源を成す俳句の一部であり全部ではありません。世界の人々は<伝統俳句>を愛しますがその通りには詠めません、でも世界の人々は<伝統俳句>から俳句の本質真髄を会得し、俳句を世界の俳句にしています。世界の人々は毎日身の回りに起こる生活、社会、大自然、思惟の全てを俳句に詠んでいます、そして日本の方々も同じです。各新聞、雑誌、ネットの俳句欄をご覧ください、ただ世界の人々を困らせているのは<季感>のない<季語>や動く<季語>を何とか入れていることです、短すぎる17音に無理に季感をなさない又は動く季語を入れるのは勿体ないではありませんか。俳句は短歌から生まれました、そして芭蕉が前半を独立をさせ<侘び寂>を、蕪村が<漢語、絵画>を、子規が<俳句>を完成させ、そして<俳句>と言う<言の葉>が芭蕉まで遡り、虚子が<花鳥諷詠>を提唱し、日本特有の季節俳句を大衆に広め、それに加えて碧梧桐、井泉水、放哉、山頭火、一碧楼、顕信らの<無季>、<自由律>への思考などなどが四方八方へと進みました。その間選択に漏れた秀句もありました、それを拾い上げて消えた100年を埋めたのが今泉恂之介、全てが子規の短命によるものでした、若し子規をしてもう少し長生きしていれば現今の俳句界は違っていたでしょう。でも今でも多くの俳人たちが黙々俳句の更なる進展を見守っているのです、ただ俳句界のポピュリスムに覆いかぶされて息がしにくいだけなのです。短歌から進んできた俳句、なぜ花鳥諷詠で止まらければならないのでしょうか。ちょっと不思議であると共に不自然で道理に合いませんね。(一人の馬鹿な外国人が俳句を習って)フォト:(北海道)-1998

2018年8月3日金曜日

オーボー真悟の短詩集(第二集)<俳句、短歌、短詩>デジタル版が発行されました、下記サイトからご自由にダウンロードできます。
http://olddoc.tmu.edu.tw/download/oobooshingo-poem-volume-2.pdf  

2018年7月28日土曜日

2018年7月3日火曜日

エッセイ-16-(2018-7-1)-<俳句と伝統俳句とポピュリズム>

                                                                 北海道(1998)

<俳句と伝統俳句とポピュリズム>                  Chiau-Shin NGO (呉昭新)

   黄霊芝師が亡くなってからはや三年、フエイスブックでは旧作を毎年その日になれば親切にまた持ち出してくれるようになっているので今年もまた自分の当時の思いの旧作を読み返して、しみじみ人情の薄いのに哀れを感じた。黄霊芝師のお弟子さんたちは師の生涯の最後の遺言ともいえる一番大事な一文に(読んだかどうかは知る由もないが)何の反応もないのだ。師が自身の一生の念願である俳句の真髄を求める心をひた隠しに隠して、ただ市井のありふれた俳句結社の主宰として弟子たちのために尽くしたことにほんの少しの感謝の気持ちも感じないのだ。今でもただ自分たちの都合のために結社を続けているだけなのだ。師の究極の念願を全うしようとはせず、ありふれた市井の俳句結社の主宰で済まさせようとしている。かって自分が言うたように日本返りの台湾人の日本語の復習場と在台日本人の友好クラブにして仕舞おうとしている。戦後台湾唯一の日本語俳句結社も日本本国の月並みの俳句結社に過ぎないのだ、残念至極。
    よく考えてみると、問題の起こりは日本の俳人たちが<俳句>(HAIKU)の定義をはっきりさせないからだ。日本国内なら有耶無耶ではぐらかしても構わないが、外国に顔を出す以上そうはゆかない。多くの俳人が所謂の<伝統俳句>が俳句の一部であり全部ではないことをよく知ってはいるが、ポピュリズムの関係で、大らかに言い切れないと言う嘆きか。所謂の伝統俳句が果たして伝統であるかどうかは別として、確かに所謂の伝統俳句は子規の二大弟子のひとり虚子の創案になる日本特有の日本人ならではの俳句の一派であり、多くの日本人に愛される俳句である。だがまた日本人のポピュリズムによる俳句の一つの形でもあるのだ、それは俳句唯一の形ではなく俳句の一部であるのが真実なのだ。それを取り間違えてそれのみが俳句だと思っている方が日本全国いや全世界に自分の考えを推し進めているのだ。日本のポピュリズムが俳句をして難しい立場においてしまったのだ。あまり日本の歴史風俗習慣を了解していない外国人が戸惑うのも無理はない。それをまた一部の真の俳句の本質真髄を知らない日本人が、したり顔で説明や教えるので益々こんがらがってしまう、で真に俳句を知る俳人はポピュリズムにたじたじと押されて、又はある方は結社主宰の生業に影響するのを気遣って、口を閉ざして目をそらしていると聞く。よく考えてみると確かに俳句を指導することによって生活を贖っている方もいるのは事実だ、また見栄や教養のため俳句を詠んでいえる方も多いいのも事実。
   だが黄霊芝師は違う、彼は台湾の台南でも一二を争う大資産家の末っ子で、戦後本国に送還される日本人から一荷車満載の書籍を買い取ったという逸話もある位の資産家である故、生活のために市井の俳句主宰を務めたわけではない。彼は病身であるがため学生時代一番上の姉の世話になっっていた、彼はその姉の俳句グループの世話をしたのである、そしてそれは市井の芸事俳句グループだったのだ、彼はその天才の資をもって市井の月並みの芸事俳句結社の主宰を務めたのである。
   彼はその遺言に等しい一文の冒頭で<これらの作からもわかるように私は必ずしも五七五の定型に臣服していませんし、季語の虜になってもおりません。>そして最後に<もう一言加えたい。五七五は定義ではない。そして同じ文芸界に属する小説の世界では定型に縛られることなく、むしろ一作一作風をこそ手柄とするのではあるまいか。>と締めくくっています。彼は所謂の伝統俳句に拘っていなかった、もっと広い意味の俳句に心酔していたのだ。
   小生はこの結社で<伝統俳句>を止めなさいと言うのではない、<伝統俳句>は伝統俳句として継続し、虚子の三縛りを思い切り駆使し日本特有の俳句型を思い存分詠まれるのを祈念すると共に、伝統俳句以外の形の俳句の吟詠も師匠の念願と思いを重んじてもらいたいだけなのだ。
ですが、伝統俳句の三縛りや<季重なり>、<無季>、<破調>、等々についても伝統俳句のバイブル:子規の<俳句大要>、<俳人蕪村>及び虚子の<俳句読本>、<俳句の詠みよう>、<俳句の作り方>と<俳句の道>を二回以上読んでください、一般にがみがみ言われるほど大切なことではありません、これらのバイブルは一回目はざっと目を通すだけで結構ですが、二回目以後は必ず精読してください。そして俳句に良し悪しはなく鑑賞は人に依りけり、子規はより蕪村を重んじ芭蕉は軽んじられていますが、虚子は芭蕉をより重んじているのを知る必要もあります。また桑原武夫教授の俳句第二芸術論のようにプロとアマチュア俳人の作品の見分けは難しいという事は何を意味しいるのでしょうか、そして今泉恂之介の<子規は何を葬ったのかー空白の俳句史百年>のいうように子規は一茶以降百年の俳句を抜かしている、すべては子規の短命に帰せざるを得ません。若し子規が80から90歳まで生きていれば今の俳句事情は現今の如くではない筈。
日本に源流を発し今世界のブームになりつつある俳句は日本人そして日本文化のの誇りです。所謂の伝統俳句は虚子の発見した日本人特有の文化であり、また俳句の形の一つでありますが全部ではありません、そして俳句そのもののオリジナルは日本文化にありもっともっと深く広いものです、皆さん日本の誇りを大切にしましょう。
みんなご存知の小林一茶をはじめ、河東碧梧桐、荻原井泉水、種田山頭火、尾崎放哉、中塚一碧楼、石田波郷、吉岡禅寺洞、加藤楸邨、日野草城、嶋田青峰、東京三、山口誓子、鈴木六林男、金子兜太、芝不器男、高柳重信、秋元不二夫、井上井月ら非伝統派の俳人、また長谷川櫂、夏石番矢、今泉恂之介、木村聡雄、橋本直、五島高資、高山れおな、摂津幸彦、四ツ谷龍、筑紫磐井、大森りえや大学で俳句専攻の大森健司ら若い俳句詠み手もみな俳人でしょう、ことさら人間探究派や難解俳句などの俳人も。それなら俳句を詠みながら俳句の本質や真髄などに思いをよせ寺田寅彦、折口信夫、正岡子規、高浜虚子、大須賀乙字、金子兜太、長谷川櫂、夏石番矢、今泉恂之介、彌栄浩樹、 川名大、外山一機、橋本直らの詩論、俳論をも何回か読み直し、又ネット上の俳句評論コラムの若い世代の方々の考えにも目を通しましよう、また現代俳句協会が編集した<日英対訳21世紀俳句の時空>は子規以後 ~ 2000年までの俳句の変遷と流れを簡単にまとめています、一読に値します。よく日本で俳句のうわべしか知らない方が他人、特に外国人の作品を評して何を詠んでいるかわからないとうそぶいていますが、果たして彼らはこの一書に載っている俳句の半分でも了解できるでしょうか、不審に思っています。そしてその方たちがよく日本人を代表しているかのように他人の俳句を評価している実情は何を日本にもたらすのでしょうか、以上簡単に述べた感想をかみしめていただければ自然に一般俳句会、結社の営為にも思慮が及ぶ筈です。(2018-7-1夜 脱稿)
1)季語とキーワード:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/02/15.html


 
2)“俳句”の二つの顔:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/01/14.html


 
3)黄霊芝師逝く:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/04/blog-post.html


 
4)黄霊芝主宰の俳句観:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/01/009.html



2018年6月1日金曜日

エッセイ-17

<俳句と伝統俳句>    Chiau-Shin NGO (呉昭新)
黄霊芝師が亡くなってからはや三年、フエイスブックでは旧作を毎年その日になれば親切にまた持ち出してくれるようになっているので今年もまた自分の 当時の思いの旧作を読んでしみじみ人情の薄いのに哀れを感じた。お弟子たちは師の生涯の最後の遺言ともいえる一番大事な一文に(読んだかどうかは知る由もないが)何の反応もないのだ。師が自身の一生の念願である俳句の真髄を求める心をひた隠しに隠してただ市井のありふれた俳句結社の主宰として弟子たちのために尽くしたことに感じないのだ。今でもただ自分たちの都合のために結社を続けているだけなのだ。師の究極の念願を全うしようとはせず、ありふれた市井の俳句結社の主宰で済ませようとしている。かって自分が言うた日本返りの台湾人の日本語の練習場と在台日本人の友好クラブになってしまったのだ。
所謂の伝統俳句が果たして伝統であるかどうかは別として、確かに所謂の伝統俳句は子規の二大弟子のひとり虚子の創案になる日本特有の日本人ならではの俳句の一派であり多くの日本人に愛される俳句である。日本人のポピュリズムによる俳句の一つの形である。だがそれは俳句唯一の形ではなく俳句の一部である。それを取り間違えてそれのみが俳句だと思っている方が日本全国いや全世界に自分の考えを推し進めているのだ。日本のポピュリズムが俳句をして難しい立場においてしまったのだ。あまり日本の歴史風俗習慣を了解していない外国人が戸惑うのも無理はない。それを真の俳句の本質真髄を知らない日本人がしたり顔で説明や教えるので益々こんがらがってしまう、で真に俳句を知る俳人はポピュリズムにたじたじと押されて又は生活の為と言う方もいるが、口を閉ざして目をそらしている。よく考えてみると確かに俳句を指導することによって生活を贖っている方もいるのは事実だ。だが黄霊芝師は違う、彼は台南でも一二を争う大資産家の末っ子で、戦後本国に送還される日本人から一荷車の本を買い取ったという逸話もある位の資産家である故,生活のために市井の俳句主宰を務めたわけではない。彼は病身であるがため学生時代一番上の姉の世話になった、彼はその姉の俳句グループの世話をしたのである、そしてそれは市井の芸事俳句グループだったのだ、彼はその天才の資をもって市井の芸事俳句結社の主宰を務めたのある。彼はその遺言に等しい一文の冒頭で<<これらの作からもわかるように私は必ずしも五七五の定型に臣服していませんし、季語の虜になってもおりません。>そして最後に<もう一言加えたい。五七五は定義ではない。そして同じ文芸界に属する小説の世界では定型に縛られることなく、むしろ一作一作風をこそ手柄とするのではあるまいか。>と締めくくっていました。彼は伝統俳句に拘っていなかった、もっと広い意味の俳句に心酔していたのだ。
小生はこの結社で<伝統俳句>を止めなさいと言うのではない、<伝統俳句>は伝統俳句として継続し、虚子の三縛りを思い切り駆使し日本特有の俳句型を思い存分詠まれるのを祈念すると共に、伝統俳句以外の形の俳句の吟詠も認めてもらいたいだけです。ですが、伝統俳句の三縛りや<季重なり>、<無季>、<破調>、等々についても伝統俳句のバイブル:子規の<俳句大要>、虚子の<俳句読本>、<俳句の詠みよう>、<俳句の作り方>と<俳句の道>をもっと精読してください、一般にがみがみ言われるほど大切なことではありません。そして俳句に良し悪しはなく鑑賞は人に依りけり、子規は蕪村を重んじ芭蕉は軽んじられているようですが、虚子は芭蕉をより重んじているようです、また桑原武夫教授の俳句第二芸術論のようにプロとアマチュア俳人の作品の見分けは難しいという事は何を意味しいるのでしょうか、そして今泉恂之介の<子規は何を葬ったのかー空白の俳句史百年>のいうように子規は一茶以降百年の俳句を抜かしている、すべては子規の短命に帰せざるを得ません、若し子規が80から90歳まで生きていれば今の俳句事情は現今の如くではない筈。
日本に源流を発し今世界のブームになりつつある俳句は日本人そして日本文化のの誇りです。伝統俳句は虚子の発見した日本人特有の文化であり、また俳句の一部であります、そして俳句そのもののオリジナルは日本文化にありもっともっと広いものです、皆さん日本の誇りを大切にしましょう。
みんなご存知の小林一茶をはじめ、河東碧梧桐、荻原井泉水、種田山頭火、尾崎放哉、中塚一碧楼、石田波郷、吉岡禅寺洞、加藤楸邨、日野草城、嶋田青峰、東京三、山口誓子、鈴木六林男、金子兜太、芝不器男、高柳重信ら非伝統派の俳人もみな俳人でしょう、ことさら人間探究派や難解俳句などの俳人も。それなら俳句を詠みながら俳句の本質や真髄などに思いをよせ寺田寅彦、折口信夫、正岡子規、高浜虚子、金子兜太、長谷川櫂、夏石番矢、今泉恂之介、彌栄浩樹らの詩論、俳論も何回か読み直し、又ネット上の俳句評論コラムの若い世代の方々の考えにも目を通しましよう、自然一般俳句会、結社の営為にも思慮が及ぶはずです。(2018-5-31夜 脱稿)
1)         季語とキーワード:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/02/15.html 
2)         “俳句”の二つの顔:http://oobooshingo.blogspot.com/2018/01/14.html 
3)         黄霊芝師逝く:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/04/blog-post.html 

4)         黄霊芝主宰の俳句観:http://oobooshingo.blogspot.com/2016/01/009.html 

2018年2月27日火曜日

エッセイ-15

<季語>と<キーワード>
一外国人の心からの願い
日本の俳人の方々、日本源流の俳句の世界への発展のために、目を開けてください。
俳句は決して皆様方が一つの信仰の様にお考えなさるように狭いものではありません。俳句は文学です、そして世界の文学です。伝統だけが俳句ではありません、伝統も俳句の一部ですが全部ではありません。惜しむらくは子規が短命だったことです。若し子規がもう少し長生きだったら、子規の知力と迫力を以てして俳句への改革はそこまでで止まったでしょうか、そうではない筈です、その子規の遺志を続けようとしたそしてする方々の努力がなぜこうまでに一般大衆から無視された、またされるのでしょうか、外国人の私は理解に苦しむのです。すべての物事は変遷、改革、進歩するものです、芭蕉の言う<不易流行>、俳句の精神真髄は変わりませんが俳句はまた時の流れに従って変わりゆくものです、それが流行です。伝統を守るとおっしゃいますがご存知の如く、子規は俳句の改革を求め改革をしたのです、そして芭蕉も、蕪村も、一茶も同じように俳句の改革をなしたのです、おなじ575ですが内容が違います、そして改革進歩は永遠に続くのです。
一般大衆の作句をご覧ください、伝統を守ると言いながら、言葉も文言から口語に変わりました、仮名遣いも変わりました、漢字も変わりましたと同時に常用漢字と言う使用制限も出てきました、古い時代に合わない季語は捨てられまた新しい季語もどんどん出て来ています。花鳥諷詠と言いながら春燈では人事も許されています。また客観写生と言うても一般に主観的の作句が主流の様に見えます(強いて言えば詩は皆主観です)、例えばネット上の<俳句のサロン>には多くの結社の俳句集の俳句が季語別に載せてあります、その一つを選び出して見てみましょう、例えば季語<汗>の項を見てみると19962016年間の1143句の内大部分が主観を述べた句で特に伝統俳句結社の名だたるメンバーが主観的俳句を詠んでいます、これが自然また当然で間違ってはいませんが、問題はこの方たちが俳句を説くとき真っ先に出るのが季語、花鳥諷詠、客観写生と言うことだ。日本での場合一般的に知らず知らずのうちに慣れてしまっている故問題にはなりませんが、外国人に説く場合外国人は戸惑ってしまいます。ハッキリ言えば言うことと為す事が違うのです、これでは他人を承服させられません。正直のところ未熟者の小生にとっては季感の無い季語、即ち季語あって季感がない句が多すぎます。また、ただ季感につていう場合日本の北海道から沖縄での同じ季語の季感、日本と外国での季感の違いはもう古臭く、文献も山ほどあり、また河東碧梧桐が明治の昔に言ったように月を見ても日本人とドイツ人では感じるのが違うばかりでなくドイツ人は別に感じません。

周知の如く俳句での詠みと読みは違うとともに自選自解もよくタブーとされているように季語の解釈も人によりけり。XX忌などは季感と言うよりはその俳人に対する感触と言った方がよさそうだ。また<228>と言った場合台湾人にとって連想するのはあのむごたらしい大虐殺の228事件で決して冬の二月の季感ではありません、<226>と言った場合日本人が連想するのはあの226事件の青年将校の決起かそれとも二月の冬場でしょうか、またおなじように<311>は春先よりもあの大震災を連想するはずです、所謂の<歴史文化の記憶>、それゆえ小生は<季語>よりも<キーワード>または<基語>という方が適切じゃないかと思います。一外国人のたわごとのように聞こえますが日本国内でもよく聞かれる話です、ただ多くの一般大衆がとりつきやすい伝統俳句(虚子ら曰く)に押された多数決(ポピュリスム)の果でしょうか、また日本人は伝統に弱いと言われますがそうでしょうか?ああ俳句よHaiku.
でわ伝統俳句の守護者はどうすればよいのでしょうか?いたって簡単です、俳句とはと問われた場合<これ以上縮めることが出来ないまでに縮めた最短の詩で瞬間の感動を詠んだ詩であり、其の中の所謂伝統俳句は日本人の習慣に則て季節を詠み込んだ俳句の一部であると、そして伝統俳句には守らなければならない三縛りがあると>。
(2017-3-16)

         黄金海岸(1990)